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2009年5月 5日 (火)

06.05.09.シエナ~サンジミアーノ

 ホテルの朝は爽快だった。いつも、ヨーロッパの ホテルというと、不思議なことに、部屋にミルクっぽい香りがある。大理石の床なのか、それとも床材に染み込んだオイルの匂いだろうか、窓のパテの臭いだろうか。今日は、シエナからサンジミアーノを経て、フィレンツェがゴールだ。

 Dscf1308Dscf29821集合場所のロビーに阿刀田さんが現れた。まだ誰もいなかったので、妻がカメラを手にして言った。「高・高コンビで写真でも撮りませんか?」「なるほど、なるほど」と、先生は快く応じて下さった。

 エクセドラを出発したのは、8時10分。ホテルの前では、軍服姿が忙しなく動いている。パトカーが数台来たかと思えば、テレビ中継車まで停止した。オートバイに跨った制服組も続々と集まってきている。どうやら、高名な方が亡くなったようだ。セレモニーが始まる前に、バスはその場を離れた。

 

Dscf1311  走り出してすぐに、車窓に雨粒が斜めに筋を引く。空は、どんよりしてきた。

雨足が強くなった。風も強くなった。2箇所の観光地を傘をさして歩くのは敵わないなと思うほど、窓の外は荒れてきた。急に横殴りの雨に車内は先行きを案じて顔を見合わせる。

 長旅であるから、バスのスピードは、かなり出している。途中、トイレ休憩で立ち寄ったガス・ステーションでも、絵葉書を買う人以外は、そそくさとバスに戻って眼を閉じる。3時間ほど走ったころに、ようやく雨雲から抜け出した。

 

Pict2603 Pict2606 Pict2605  小さな村の一角にあるレストランに停まった。昼食だった。

客は我々だけが予約してあったのだろう。ツアースタッフが選んであったワインを口にしているうちに、食事が運ばれてきた。ワインは山積みにしてあるが、ウイスキーやリキュールの類いは、木箱のままディスプレイされてある。天井からは、洒落たデザインの豆球が吊り下げられてあった。夜は、案外いい雰囲気を創っているのだろう。料理よりも、パンがやたらに美味かった店だった。テーブルのあちこち、まだお互い、打ち解けるまでには至っていないが、フィレンツェまで2箇所の世界遺産を歩いているうちに、打ち解けてくるだろう。

 

 


Dscf1313 Dscf1317  車窓からの風景も 葡萄畑や糸杉並木、小高い丘陵地帯が続いた。これが、絵の具で名付けられているシエナ・カラーというものかと、この地方の土の色を眺めた。叔父が洋画家だったせいか、妻が饒舌になってきた。僕も、コンテを握ったり、イーゼルを立てて、油を少しやっていたのだが・・・。

 

 シエナ市内に入った。1314世紀、トスカーナ地方の金融業で豊かな財力を得た中世都市。街には、2本のバンキ通りがある。バンキとは、バンコ(銀行)の複数で、その通り、何店かの銀行が軒を並べていた。


 旧市街へは車が乗り入れ禁止となっているので、バスを降りて歩く。街道筋の、城壁に囲まれた村という雰囲気。数百年前から変わることのない世界遺産の街である。狭い通りには観光客相手の店が軒を連ねていた。Dscf1374_2 トレドのような陶器の皿が派手な色彩で焼かれて、店先に飾られてある。空路で来たのではないから、こうした陶器類にも興味が出てくる。船旅の良さで土産物への関心が変わってくるのだ。船室の中に入れば、例えそれが椅子であろうと、大きなテラコッタのガーデニングポットであろうと持ち帰れるのだから。尤も、バス旅行中であるから、自ずと重さとサイズには制限がある。

 

Dscf1341Dscf1353Dscf1347 目の前の景色が広がった。スープ・ディッシュのような、緩やかなスロープがついた扇型の広場に出た。カンポ広場である。いやいや簡易保険ではない。郵政とは無関係である。観光客の多くが、石を敷き詰めた、その広場で日光浴をしている。ピクニックランチの風景は家族連れ。恋人同士は膝枕。シエナのセントラルパークは、芝生ではなかった。カンポとは、野原という意味である。だから、尾根と尾根が重なって出来た自然の、なだらかなスリバチ状の場所を活かしたのだという。

 分度器のように、中心から何本もの放射線が描かれている。敷設工事のために出来た作業の痕跡かも知れないと思っていたら、間違いだった。ガイドから教えられたその筋は、市民代表の9人制の合議体で統治されていた当時を意味し、石の帯で9分割されているのだという。丁度、扇の要になる位置に市庁舎を建てたというのは、昨日のサン・ペトロ広場の設計に引き続き、なかなか象徴的な都市デザインだと感心させられる。上空から撮影された映像は、よくCMで使われるイタリアらしい風景でもある。

 

 

Dscf1351  シエナは、中世に時代から、教会も政治も軍事もコントラーダ(地区)単位に行ってきた。その17ある共同体同士が、熱く戦い合う日がある。7月2日と8月16日だ。まあ言うならば、町内対抗戦である。「毛虫」地区、「貝殻」地区、「牝狼」地区などなど町のシンボルが描かれた旗を乱舞する。広場に土砂が運び込まれ、17世紀から続くバリオという競馬コースになる。コントラーダの名誉を賭けて裸馬に跨った代表騎手が3周走り回る。そして、優勝旗を勝ち取る。昔は実戦の訓練の意味も持っていたようだ。ここが7万人以上の観衆で埋め尽くされ、興奮のるつぼと化す。テレビでも紹介されて有名な祭りである。 それよりもダイアン・レーンの映画「トスカーナの休日」で、このカンポ広場の祭りを見たことだろう。土地の娘と結婚しようとするポーランド人の青年が懸命に旗振りを猛練習して、祭りに参加したシーンだ。コントラーダの旗の柄までは覚えていないが、この競技の旗手には、「世界ウルルン滞在記」でも日本のタレントが参加した。

 

 

Dscf1321tvP1090043Dscf1344   Dscf1325 Dscf1334 広場から出て、縞々の鐘楼とドゥオモ(大聖堂)に歩く。この縞々は、シエナ独特の建築様式らしく、2種類の大理石を組み合わせてある。シエナ建築のアイデンティティとして眺めると、非常に印象的なデザインを思いついたものだと感心する。市庁舎の壁面に取り付けられた紋章も、確か白と黒の二色であった。大聖堂の中に入ると、白と黒の横縞の列柱が見事なハーモニーで迫って来る。モダンささえを感じる。縞と縞の間隔に差がある理由をガイドに質問した。シエナが隆盛を極めてくると、その権勢を誇るため、既存の聖堂を取り壊して建て替える工事が始まったが、完成までに100年以上掛かったことで、その時代差が出ているとのことだった。 


Dscf1326 Dscf1323  色大理石で描いた床の象眼細工は、シエナのシンボルを中心に、ローマ、ペルージャと周辺都市が描かれている。なぜか、ローマは象だった。シエナのシンボルは、街の至るところに見られる牝狼である。雌狼に育てられた双子のロムルスがレムスを殺してローマを建国した。一方、殺されたレムスの子供、セニウスとアスキウスがローマから北の地に逃げ延びて造ったのがシエナだった。その時、神から与えられた馬が白馬と黒馬だったという伝説。カンポ広場の泉は、獅子ではなく雌狼の口から流れていた。

 

Dscf1339  大聖堂の横、鐘楼に回ると、ロケセットのような未完成のファサードが立っている。更に大きな聖堂を建てようと工事が始まった矢先に、ペストと飢饉がシエナを襲い、財政難も加わって、正面のファサードだけのままになったものだが、皮肉なことに面白がって記念写真に収まる観光客が多い。

急ぎ足だったが、旅はまだ続く。バスは、シエナを背に、サンジアミーノに向った。

 

 

 

Dscf1314  サンジアミーノも城壁に囲まれた中世都市だが、シエナほどの広さはなさそうだ。

「塔の街」と言われるだけあって、平屋の町にのっぽマンションが建つ東北の町な景色が遠望できる。

 






Dscf1375 Dscf1358 Dscf1380  サンジョヴァンニの門をくぐると、シエナと同様、通りは商店が軒を連ねた先に、ベッチというアーチという城門をくぐると、広場があるのだ。建物に囲まれて出来た空間といったほうがいいほどの広さである。


 



Dscf1370 Dscf1364八角形の井戸があった中央に、人々が吸い寄せられるように桶を手にして集まる様が目に浮かぶ。丘の上にできた町であるから、夏季には、水が不足する。いざ、敵に包囲された時のために、何カ所かに天水を溜める地下貯水槽を設けたのだ。その中でも、最大の貯水槽があった場所だから、ここをチステルナ(貯水槽)広場と名付けられている。その左隣りがドウオモ広場で、 そこにはペンシル塔が建っている。金融、手工業などで財を得た裕福な市民たちが、各自の資産力を誇示するために、塔の高さを競ったという。勿論、抗争の際の物見台の役も果たしただけに、全盛時は72塔が林立していたが、今では14塔が残っている。

 カメラに納めたものの、「美しい塔」という丘陵地に建つ風景として捉えることが出来ない。そこで、画廊に入ることにした。

 

P1030631_2

夕景のシルエットを描いた絵や写真が、やはりこのサンジアミーノには相応しい。サイズの大きいものはやはり値が張る。迷っていると、背中に阿刀田夫人の声がした。サイズは違うが、同じ風景を買うことになった。我々のバス仲間が買った絵を見たいとおっしゃる。袋から出すと、「私も買いたい」と、店に駆け込んでいった。同じ絵が3枚売れたのだ。



Dscf1376  バスへの戻り道、ソフトクリームに目がない僕が、ジェラードを口にした。美味かった。

17時半が過ぎた。サンジアミーノは、これから徐々に徐々に、絵に描いたような美しい塔の街に変わっていくのだ。

 

 これから我々は、シエナ、サンジアミーノを制圧したメディチ家の本拠に向かって走る。


 Dscf1382

Dscf1383_2  今晩の宿は、そのメディチ家の名前を冠したホテル、グランドホテル・ヴィラ・メディチであった。アルノ川を渡ると、右手。サンタマリア・ノベラ駅とアルノ川に挟まれた位置にあった。ヴェッキオ橋までは1kmの距離だという。



18世紀の宮殿を改造したという五星ホテル。100室余りのサイズだが、時代物の装飾は風格を感じる。大理石のバスルーム、シルク系の布壁、什器類はアンティックそのもの。落ち着ける。夕食は1階のレストランで取る。話によると、1泊4,5万クラスらしい。

明日もかなり歩くことになるだろう。絵葉書でも書こうと思っていたが、体は早く横になりたがった。


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