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2008年12月

2008年12月14日 (日)

060507 メッシーナ海峡

  630分目覚める。犬に噛まれた夢を見た。飼い主が犬の顎を外さんばかりに必死に開けてくれるのだが、指はちぎれんばかりに牙が食い込んでいて、右手は痛みより痺れてきて、僕は指の一本を諦めた。奇妙な夢だった。体が重い。疲れが抜けていない。

 

 頭上のスピーカーから八点鍾が鳴った。


 『シシリア島沖のイオニア海に軽快に鳴り響く八点鐘でした。今朝、真っ赤に燃える日の出がきれいでした。現在、シシリー島の東岸2海里(3.7km)を北上中です。
左舷側にシシリー島の活火山・エトナ火山の残雪と噴煙がご覧いただけます。07:00頃、南東側から見た海抜3,263mのエトナ火山は富士山に似ていました。エトナ火山が噴火した時には、シシリー島最大の町パレルモに次ぐ第二の町カタニアが火山灰で覆われたことを、12年前に新さくら丸で寄港した時に聞いたことを思い出しました。

 

 本日はイタリア本土の「長靴」のつま先、メッシーナ海峡を通航します。10時から11時の間、海岸に近い狭い部分を通ります。そこは30分ほどの短い間ですが 水先案内人を乗せるように決められています。メッシーナ海峡に入ると、右手にカラブリアの町が、その後、左手にシシリー側のメッシーナの町 が見えてきます。海峡の長さは16海里(29.6km)で、右側一方通航となっています。
 メッシーナ海峡を通り抜けた後は、13時から14:頃までの間は、海抜923mの活火山・ストロンボリ火山をご覧ください。昼なので溶岩は見えないかもしれませんが、噴煙がご覧いただけます。メッシーナ海峡の通航を終えると、いよいよティレニア海に入ります。本日は、海峡通航と火山見学をお楽しみください。

 

 

 朝食もパスしたいくらいに、身体が重かった。しかし、レストランで、デッキゴルフのメンバーの顔を見てしまうと、むらむらとまたスティックが握りたくなった。困ったものだ。ほんとに、デッキゴルフがやりたくてにっぽん丸に乗っていると冷やかされても、即座に頷いてしまう自分が居る。

 

 白先攻は、山縣、横田、ミセス松田、菅谷、工藤、高嵜組で、赤は黒川君入れ替わりのゴンチャン、高橋、菅井、中島、萩原、松田という面子でスタート。カメラを襷がけにして、スティックを持つのは、海峡を抜ける景色にシャッターを切りたいからだ。


 ルクソール帰りの横田さんがスタートから1番ホールまでは好調に飛ばしたのだったが、2番を我々白に囲まれ孤軍奮闘。反対に、高橋さんは1番で詰まったが、2,3、4番ホールを好調に抜け出す。菅井さんは2番、5番で悔しいミスが続いて自滅、遅れる。もう一人ルソール組の中島さんはやはり、疲労感からか、意外に球が走らない。敵をフレームアウトできないでいた。僕はといえば、スタートで躓き、ショートミスの続出で出遅れたのが後半響いた。赤は高橋さんが上がっただけ。


 今朝は、風のせいでも揺れのせいでも気温でもなく、人数が12人と多い上に、敵をフレームアウトすることにどちらも精を出し過ぎて、予告のタイムをオーバー、第1戦はドローとなった。但し、奥様の観ている前で、横田さんにホール・イン・ワインショットが出たことに拍手。

 

 10時が過ぎた。船はメッシーナ海峡を目指していた。3年前と同じ背景で記念写真を撮るのでと断って、高嵜夫妻が一時消えた。ここは一方通行で、16海里ある。最接近に横幅は15海里。フェリーが往来している。

 

 こころもち、右舷が本土寄りに航行している。3年前よりもカラブナの街が近くに見える。カメラを構えていたので覚えているのだ。3年前、僕はメッシーナ海峡の本土側のリゾート地帯と帆走するヨットを写角に入れたくて後ずさりしたのだが、フライング・デッキの突起物に足を取られた。仰向けにひっくり返り、デジタルカメラは飛んだ。したたかに足を打った。多くの船客がデッキに集まっている中で醜態を演じたのだ。その場は、何事もなく歩いて去ったのだが、しばらくびっこを退く羽目になった。今回は、みんなが覗き込んでシャッターを切る渦潮さえ撮る気がない。

 

 イオニア海からピレニア海に替わった。

2回戦は、組み替えをした。最初にホールアウトしたプレイヤーが出たら、勝負は終わりとしたが、やはり既定の時間をオーバーしてドロー。すっきりしない気分で昼食となった。

今日までの「ワイン奢りのホールイン」達成者は、菅谷4回、ミセス松田1回、萩原1回、工藤1回、高橋1回、横田1回で、実に9本が溜まった。打ち上げ会で提供される。

通算1777引き分け。自己勝率は7割。

 

 クルーズも1ヶ月を超えると乗客は慣れてくる。ツアーへの不満も聞こえてくる。イスタンブールまで行ったのに「トプカピ」を観られなかった。ギリシャ料理は不味かったし、現地の舞踊鑑賞は下手で観てられなかったわ。カッパドキア・ツアー組からだった。オプショナルツアーが高いこともあり、期待以下のコースだと、食事時の口コミが広まる。

 

Dscf1215  食後は、部屋のベッドに体を投げ出す。灯台の島が見えてきた。

テレビのニュースでは、GWの最終日、いつもながら帰国ラッシュの客にマイクを向けている図だった。グアムへ出た夫婦もシンガポールから帰ってきた家族も、なんと「プールで泳ぎました」と同じ答えが続いた。ビーチではないのだ。ホテルプールなのだろう。狭い日本から飛び出しても、自然の中より、創られたリゾート施設で泳ぐ。もしかすると、これは日本から送り出した観光業者の予想を裏切っているのだろう。日本人は、海に囲まれた島国に住む国民のはずなのだが・・・・。どこにあるか見分けられない引き潮が怖いのだろうか。

 

 

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 1230分頃、ストロンボリ火山島が接近してきた。923mの活火山である。鋭い角度で海に落ち込んでいる片側に比し、反対側の裾野は、人家があつまり、白い屋根を見せている。正面の岩盤は、火山流の流れで削り取られた幾筋もの深い傷がある。今回は昼のため、二度ほど白煙は見られたが、溶岩の流れている気配はない。なぜなら、海面に水蒸気が立っていないからだ。流れ落ちてはいないと言うで、プロムナードデッキを早々に切り上げる。イタリア・オーバーランドツアーへの準備をするため、部屋に篭もる。

 

 夕食時間からドレスコードはインフォーマルとなった。ダブルのスーツを着る。溜息が出る。上着の胸に張りがない。だぶつきが目立つ。胸の肉が落ちたのだ。


 高嵜さんが6人席を設けて待ってくれていた。松田夫妻が一緒だった。高嵜さんオーダーのワインボトルでご相伴。「ホールインワインボトルが溜まりすぎるから、モナコを過ぎたら一度懇親会をしようよと提案された。

 高嵜さんと松田さんは、03年の翌年、オセアニア・クルーズに乗った。そこで、当時のデッキゴルフの話を聞かせてもらった。本田さんなど世界一周での仲間の他は、今回参加の塩野さん3人の新人が「戦友」になったという。

 

 昼のストロンボス火山は、松田さんの話によれば、少なくとも2回爆発したらしい。操舵室から望遠鏡で確認しあったとのこと。船は火山島を2回回ったそうだ。

 

 今夜のメインショーは、小松真知子とクリスタルオルケスタのラストコンサートだったが、ホールには出掛けないで、部屋で明日からのイタリアツアーのためのパッキングをすることにした。スーツケースなど手荷物は明朝7時までに廊下に出しておくことになっている。

 

 22時に終わった。

 

 23時ころ、飛鳥Ⅱが16海里ほどの近さで、すれ違ったようだ。

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